【初めてのバイク】カワサキ GPZ250 と片岡義男はボクの青春そのもの…青木タカオ | Bartendergames- bartendergames.info

【初めてのバイク】カワサキ GPZ250 と片岡義男はボクの青春そのもの…青木タカオ

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中学生の頃のボクはバイク好きの兄の部屋に忍び込んでは『週刊プレイボーイ』のグラビアページをむさぼるように見ていた。そこで目についたのが、赤い背表紙の文庫本たち。片岡義男のオートバイ小説たちだった。

『彼のオートバイ、彼女の島』『幸せは白いTシャツ』『朝になったら、タッチミー』『ボビーに首ったけ』『湾岸道路』30冊以上はあっただろう、次から次へと読みあさり、ボクはオートバイに乗ろうと決めた。

そこに登場するオートバイは、並列2気筒の旧いオートバイたちが圧倒的に多かった。特にカワサキ『W3』や『W1SA』にボクは強烈に惹かれ、「いつか乗ってみたい」と憧れ焦がれたのを今でもよく覚えている。

いよいよ16歳になり、400ccまでの免許を取るが『W3』や『W1SA』は排気量650ccだから乗れない。そこでカワサキの並列2気筒400cc以下を探すと、『GPZ250ベルトドライブ』というのが見つかった。

中古車雑誌で見るとあまりパッとしないスタイルが、高校生のボクには13万5000円という価格が魅力だったし、カワサキであることが重要だったから良しとした。ボクのバイクライフは、強烈な不人気車とともにスタートしたのだった。

時代は80年代のレーサーレプリカブーム。高校のクラスメイトに見せると、誰もが口ごもった。登場したばかりの『RGV250ガンマ』や『VFR400R』の新車に乗る者もいれば、中古組でも『FZ250R』や『GPX250』といったフルカウルが当たり前。ボクのGPZ250というチョイスは誰にも理解されず、ヘンタイとしか言いようがなかった。

それでもボクはオートバイに夢中になった。片岡義男小説がバイブルだったから、そこに書いてある通り、夏休みにはロングツーリングへ毎年行った。友だちに「よくそんなに遠くまでひとりで行くね」と言われても、それはオートバイに乗る者として当たり前だと何も疑うことなく、そして見栄や自慢めいたものもなく、純粋に思い込んでいた。

よく覚えているのは、上野駅から『MOTOトレイン』という夜行列車が出ていて、函館までバイクとライダーを運んでくれたこと。たしかボクは高校1年生と3年生の夏にそれに乗った。初めて寝台車で会う大人たちと混ざってバイク談義に花を咲かせ、未成年ながらビールなんかも勧められて飲んでいた気がする。

北海道にはライダーハウスがいっぱいあって、夏休み期間中はどこも賑わっていたから、そこで一期一会の仲間がたくさんできる。SNSなんかないから、アドレスを交換し合って、秋には想い出の写真が全国から届く。

片岡小説と唯一違うのは、主人公のようなロマンスがまずないことだった。中高生の頃のボクは、オートバイに乗れば小説のような恋物語が自分にも待っていると頑なに信じていたのだから我ながら恥ずかしい。

18歳で限定解除(10回も鮫洲の試験場に通ってタイヘンな想いをした)すると『GPZ1000RX』に乗り換えた。映画『トップガン』に登場したのを機に、時代はニンジャ(GPZ900R)ブームであったが、ボクはなぜか1000RXに惹かれてしまう。中古で安かったし、とにかく大きなバイクに乗りたかったんだと思う。

しかし長くは乗っていられなかった。ドコドコとした鼓動感を伴うようなエンジンがボクは好きだと、ハッキリ認識したキッカケになったバイクだったのかもしれない。それもすべてはGPZ250に最初に乗ったことが影響している。250ccながらドコドコと心地良い鼓動感がそれなりにあって、ノンビリ走っているだけで楽しかった。だから遠くまで長い時間、飽きることなく走れたのかもしれない。

兄の影響もあって、河川敷でのモトクロスごっこも続けていた。兄のスズキ『DR125S』を借りてはじめて走ったのは、たしか小学6年生か中学1年生のとき。転倒して「まったく面白くない」と最初は思ったが、GPZ1000RXを買う頃には『CR125R』でMFJのモトクロスレースに出場していた。

公道では「ノンビリ走りたい」と思うようになり「本当に欲しいオートバイを買おう」と、ついに1971年式の『W1SA』を購入したのは大学生のとき。すでに20年以上経った旧車で、周囲からは「やめたほうがいい」とアドバイスされるが、もう誰にもボクを止めることはできなかった。

それから20年以上、他にもバイクを所有し多数乗り換えるが、W1SAだけは手放さないでいる。W1SAに乗ると、いまでも片岡義男小説やGPZ250での想い出が頭を過ぎり、中高校生の頃の感覚が蘇ることがよくある。それはボクの青春そのもの、カワサキを手放すことはこの先もないだろう。
《青木タカオ》

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